| ■ Team
USA 同行報告 |
| 4月10日Team
USA Mo Steelが日本での予定をつつがなかう終えて成田からアメリカに帰国しました。この間色々な方面の方々に誠心誠意のご協力を頂いたことをTeam全員の伝言を添えて連盟からも心より御礼申し上げます。細かな日常の色々なことは追々と詳しく記しますがとりあえず大綱を皆様に報告させて頂きます。 |
| 来日以来13日間にわたり専修大学グランド(関東地区)日本医大グラント(川崎地区)清里グランド(山梨地区)立命館大学グランド(関西地区)宗像グランド(九州地区)と日本を半分横断して、各地区で確実にゲ−ムと講習会とを精力的にこなしたこのチ−ムの皆さんにはいくらフラッグフットボールだとはいえ、お疲れであったろうと推測されますが、コ−チングスタッフ、プレ−ヤ−そしてつき添った父兄からも一度も不平は聞かれませんでした。 |
| その間、相撲見学、当然買い物、各地での歓迎パ−テイや行事、京都見物、広島見物、工場見学等各地の皆様の心のこもったもてなしをも、元気にこなして、感謝感謝の言葉を雨あられのごとく残して帰国しました。日本フラッグフットボ−ル連盟としても皆様のご協力で大きな顔ができてほっとしております。 |
| この度の経験をゲ−ムや、講習や、遠征にも生かす事で皆様へ還元すると共に、もしマイアミに行く希望がある時は紹介の手配も出来ると確信を持つことができました。まだ残務整理の慌しい中なのでご協力頂いた皆様方へのお礼を報告とさせて頂きます。 |
| ■第1話 モー・スティールと国際交流 |
| モー・スティールとの出会いのきっかけは、中国でのNFL世界大会時のJ.R.ベスト(JFFF本部委員)とデビッド(モー・スティール・ヘッドコーチ)の出会いから始まったそうな。その時のヘッドコーチの、外国に子供たちを連れて行く、という意欲が今回につながったと言う事だ。事前の打ち合わせらインターネットを使ったコーチたちとJ.R.と伊藤君(JFFF普及委員長)とのやりとりは大変だったと推察される。 |
| この打ち合わせの話ほ伊藤君から聞いたとき、これが私たちのやろうとしているフラッグフットボールだけでなく、文化もともに学ぶということにつながっていることに確信を持った。話はいろいろあるがまさに異文化交流の始まりだった。 |
| 博多で新幹線を降りたとき歓迎の横断幕が掲げてあった。すばらしいと思ってふと掲げている人を見ると、見た顔であると思ったが何か雰囲気が違う。違う訳だよ、韓国の人たちではないか。新幹線の中で彼らが福岡に来ているとは聞いていたが、まさか駅頭までとはびっくりした。 |
| すでに行われている福岡と韓国ジュニア交流ゲームは、今年も8月にテグで行われるので、その為の調印にこの日を合わせてとのこと。次の日のクリニック時にはJ.S.パーク君(大韓アメリカンフットボール連盟会長)自ら受けていた。その熱心さには頭が下がる。 |
| 日韓交流の機会は公開されているので、他の地域の方も計画されるとよいと思う。文化を含めての勝敗にこだわらない交流も良いものですよ。 |
| 交流に関してはいろいろな方法がありそうだ。日本の中ででも、できるのではないか。合宿で交流も良いだろう。観光、見学も含めれば効果は高い。何せ、一チームが車で移動できるのだから。 |
交歓会の時に先方の積極性には頭が下がる。片言の日本語と握手と笑顔、それが自然に広がるもととなる。今回は強制的に子供たちをまぜこぜにしたけれど、私たちが言わなくても自然になるときを目指す必要がある、と言っている私が考え直さなければ、という反省の日々でした。 |
| 交流の原点は「片言の外国語と笑顔と握手」、それに尽きる。これを遠征の際に教えればいい。フラッグフットボールをやる人間の必須条件にしたい。うまくするとゲームで喧嘩が無くなるぞ。審判は楽になるよ。 |
| ■第2話 モー・スティールというチームについて |
| 「モー・スティール」とはスポンサーの名前。鉄工場を経営しているようだ。年間一千二、三百万円程度提供しているとのこと。アメリカの税制との関係もあるようだ。 |
| モー・スティールの構成はその地域のリーグ全体を指すようです。今度来たチームはその中での小、中、高の選抜チームのようです。ただ来日するには多額の費用を自費で出すので限度はあったようだ。 |
| 渡航費、交通費、滞在費等モー・スティールの費用を考えると、五、六百万円位と推定できる。選手18名、兄弟6名、父兄12名、コーチ1名の37名と考えると、そこそこの費用かと思える。土産の買い方から見ると余裕ありか。 |
| リーグ全体の人数が三百人と聞いたが、どんな運営をしているのか興味がある。日本での普及のヒントがあるかもしれないと思っている。 |
| 一緒に動いてみて、コーチがリーグに対して一人であること、絶対であること、良いことはすぐ褒めること、悪いことはすぐに注意すること、声を出すこと、声と拍手で気を合わせること、作戦上のミスはきちんとコーチが責任を負うこと、選手のミスは見逃さずに理詰めに説明すること、それらはアメリカのコーチが良くやることだが、日本のコーチの方がいい加減に感じるのは私だけだろうか。 |
| 小学生ですら試合前のストレッチ、ランニング、パス等のトレーニングを自分たちでやるのは実に見事だった。いい加減にやる子は一人もいなかった。 |
| 年上のものが年下の面倒を見るのはどこでも同じはずだが、このチームにはいたわりが感じられた。多分、に家庭の厳しさも感じられた。 |
| 共通のルールと技術を使っているから、年上が年下に教えられる。教えることで自分も勉強する。この繰り返しのシステムがこのチームを強くしている。 |
| 基本の繰り返しとその学び方のヴァリエーションはかなりあるとは言っていたが、基本がしっかりしていることは、小さな子供を見ても明らかだった。 |
| フットワーク、パス、レシーブ、フラッグプル等の基本を見ても、アメリカンフットボールに十分通用するものと見た。弱点は一つ、スナップだけ。 |
| どのポジションもこなせる上で得意があるようだった。クォーターバックがいつもボールを持っていたのは(新幹線の中ででも)、最近日本では見ない光景で昔を思い出した。 |
| ■第3話 モー・スティールと食事 |
| 事前に聞いていたことではあったが、ユダヤ系と言うことと、たまたま過ぎ越しの祭り(これは調べてみるとおもしろい)にぶつかったことで、食事には神経を遣ったが、結果は努力しても完璧はしょせん無理であるとわかった。 |
| 理由は、家庭によって戒律の守り方が一様でないこと、家族の中でも必ずしも同じでないことなど、異文化(ユダヤ教)の難しさを実感させられた。 |
| 第一夜目にファミレスに食事に行った時、メニュウの中身を知りたがることしきり。結果頼んだのがライスと味噌スープ。ライスに醤油をかけてそれで良しとはビックリ。この食べ方はその後何人か見かけました。全体に自分で選択する世界から来た人たちですね。 |
| ハンバーガーのランチが出たとき、中身だけを食べてパンを食べない人がいて、もったいないなー。イースト菌の入っていないパンしか食べないのは、ユダヤ教の過ぎ越しの祭りを勉強してください。 |
| 野菜、フルーツは良く食べる。特にバナナ、スパゲッティは食べるようだ。よく売れたのは清里(山梨県)で出た、豆の具のカレー。これは評判が良かった。最も味も大変良かったけれど。 |
| バナナと水はゲームの必需品。一日にバナナ60本、水は500ML24本。大きなびんではこぼしたりしてもったいないとのこと。 |
| ■第4話 モー・スティールのフラッグフットボールに対する考え方 |
| このチームにはシニア、ジュニア、キディのルールに違いないはなかった。ボールも同じ大きさのボール(日本のアメリカンフットボールで使うのよりやや小さかった)を使っていたし、フラッグも同じ「スッポン・フラッグ」だった。あきれたのは、それらの用具を数多く持ってきたことと、キディも平気で使いこなしていたことだ。 |
| ゲームに当たってキディには日本のルールを使ってもらったが、苦しくなると小さな子がスクリーンブロックで手を使ってしまっていたが、特に不自由ではなかったようだ。ただコーチとしては、この日本独自のルールに首をかしげていた。たぶん必要が無いとの考えだろう。このことは後のクリニックでなるほどな、と思った。 |
| ユニフォームについて助言があった。シャツはだぶだぶにしないほうが良い。これはフラッグにかぶってしまうことと、フラッグを取る際にシャツを引っ張ってしまい着ている方にも取る方にも危険を伴うからとのことだ。また必ずシャツをパンツの中に入れることが同じ理由で指摘があった。それにもう一つ、パンツのポケットは無くした方が良いとのこと。ポケットに指を突っ込んで骨折した子が出たので、とのこと。 |
| グラウンドについてはできるだけグラスの方が良いし、グラスならばスパイクを履いたほうが良いとの指摘があった。 |
| すべてが言われる通りとは思っていないが、考え方の基本をどこに置くかを再考する機会ではあろう。 |
| ■第5話 モー・スティールと日産自動車工場見学 |
| 九州の皆さんの努力で日産の工場見学をしました。生産ラインをみるのは私も初めてでしたので興味がありましたが、子供よりも大人の方が興味が高かったようです。 |
| その中での話。最終検査で不良箇所が見つかったらどうするかとの質問が出たとき、案内人(若いお姉さんです)が、元に戻して不良箇所を直して出荷との常識的な回答があったとき、すかさずGMならそのまま出荷するだろうな、との野次あり。自国の生産会社に信頼が置けないのは、何でも世界一だった昔のアメリカには無かった。 |
| 同じときの話。昔日産に乗っていたときに故障があったと誰かが言ったら、「それはメキシコの工場製じゃなかったの」だって。日本での最後の時に近かったので、彼らは大分日本贔屓になってくれたようだ。 |
| 見学時に案内人の話をほぼ同時に通訳をする圭子ベスト(J.R.ベストJFFF本部委員夫人)を見ていて、彼女の実力の一端を見せてもらいました。この種の仕事ではまさにプロです。何かあるときはぜひご利用のほどを。自信を持って推薦致します。最も費用に関しては本人とご相談を。 |
| この工場見学に同行してみて、これからはフラッグで遠征をするときはNFLもそうだったが、外国に行った時だけでなく、国内でも出来る限り見聞を広める機会を作ることをお勧めする。日程とか費用にこだわらないで計画したいものです。 |
| ■最終話 モー・スティールの離日の際のミーティングで |
| 参加者すべてに一言ずつ言わせたが、小さい子から順というのは当然だが、同じことを言うなという条件だった。嬉しいことに日本への悪口は無かった。 |
| 「最も何々の人」という、コーチからの全員に対する一言は面白かった。もっとも、原稿は何人かで作ったようだが。 |
| 例えば「最もブリッツをした人は」というコーチの問いかけに対して、全員が誰々と当てる。たまにははずれるが、大体が皆の意見が一致する。ここに盛り上がりが出てくる。 |
| 全員を参加させることが何かと多い。これがチームとしての盛り上がりにつながっている。何かと堅苦しい日本の大方のチームとは違うようだ。 |
| 日本に来るに際して、彼らの勉強には頭が下がる。日本語を二十語ぐらい、簡単な歴史、クリニックに際しての教え方、日本人への接し方等々、父兄共々で勉強したようだ。 |
| 過去、このチームは遠征に際して、きっとこういうことを繰り返して、いろいろと学んできたのだろう。今後の我々の参考にするといいと思う。 |